大好きな親子なのにイライラが止まらない

坊やの事は穴場、ダディの事も穴場、なのにイライラしてしまうのはどうしてだろう?と毎日のように感じ取る。朝からグズグズする赤ん坊、しかも理由はみかんが食べたい。僕が食べちゃ無茶と言ってる主旨でもなく、食べていいよと言っているのに泣きわめく赤ん坊。訳わからなくてイライラ。
幼稚園から帰ってきてすぐにグズグズ、お腹が空いているのか眠いのか尋ねるけど泣きながら何か訴えている。おやつを用意して食べさせるときも何やらグズグズ、奥様の膝に座って食べたいと。それは愛らしいという。けれどもイライラ。イライラにつき白々しい口調になってるのか赤ん坊のグズグズはなかなか終わらない。
そうしてお昼寝の日数、寝顔は最高に可愛い。ずっと見てても飽きないくらい。
一緒に居られる日数を大切にしようと思ってやさしく接したいけど本当に疲れて仕舞う。大好きなのに、一緒に掛かる時間は幸せでうれしいのに些細な結果イライラしている自分が不愉快になる。
夕ごはんの確立のとき、赤ん坊が僕と居たくて喚きながら側に寄って生じる、構ってあげたいけど時間も遅くなってきてるしダディも要るしと思い食事の確立をあおるけど、ダディはテレビジョンに夢中で赤ん坊の気持ちを引こうともしてくれないから、僕は余計にイライラ。
赤ん坊を寝かせる際、ウトウトしてきてるのにダディが赤ん坊をいじって遊ぶ、なので赤ん坊も起きてしまう。僕はさらにイライラ。
そんな毎日に疲れて仕舞うけど、大好きな赤ん坊につき、大好きなダディにつき、今日もグズグズとイライラと戦って笑顔で頑張ろうという。でもできるならイライラしないようになりたい。

19回目の結婚記念日。時流の速さにびっくり

19回目の結婚記念日。いつのまに・・という感じがするが、子供がそれだけ大きくなっているんだから歳を取り去るのも仕方ないかな。
品川の御殿山ヒルズの教会で牧師さんの「健やかなる時も、病めるときも・・」というお決まりの言葉を今年ほど一段と感じたことはなかった。
昨年の10月9日に主人が過労で会社で倒れ、救急搬送。意識はあるのか、心臓は動いているのかを怖くて会社の人に確認できないまま、子供とタクシーを飛ばして病院へ行った。
幸い、命には別条がなかったが、こういう年間は本当に大変だった。

お父さんが倒れたのだから、私がしっかりしなくては、子供を守らなくてはと常に気が張っていた。
「健やかなる時も、病める時も」はこういう事か・・と妙に納得し、自分を奮い立たせていた。

そうして私は長く続けられそうな仕事(パート)に転職をしたけど、やはり今考えるとタイミングが悪かった。慣れない仕事に私まで体調を崩してしまい、緊張で交感神経が働き過ぎてしまったようで睡眠も賢くとれなくなってしまった。結局、病院や針治療に通い、仕事は去ることに。

あれから年間。主人も私の体調もぼちぼちって感じ。主人は軽減勤務で復帰をした。
まだまだ不安はあるけれど、一緒にヨガを始めたり、ウォーキングしたり、家族で夕飯を一緒に食べられるようになったり、早寝早起きをしたりと以前とは比べものにならない位、健康的な生活で家族との時間が増えている。
医者やカウンセラーからは「過労死する前に、体が教えてくれて良かったですね」というけれど、今は本当にそう想う。
神様が、ギアを落とさないと恐ろしいよ!と教えてくれたのだと想う。

今回わかったことは40歳、45歳とその年代に応じた働き方にギアをチェンジしなくてはならないについてと、人間は無理をするとどこかでツケが回ってくる。
ですから、これからは無理なことにはノーと言おう。
また違和感を感じながら始めたことは、後々、やはり行うではなかったということが多い。
ですから、自分の本音を聞いて「快い」と思えることを選んでやっていきたいという。

普通という言葉

SNSを見ていると、ある騒動が目に入りました。
若い両親が、死産した子の写真をアップロードしたことに対して同情と批判の声と共に、侮辱の声が向けられていたのです。
そこで多く使われていたのは「普通」という単語でした。

「普通は死んだ子供の写真をネットに公開なんてしない」
「サイコパスか?普通じゃない」
という内容がそのアカウントへ投げかけられていました。
「こんな親の元になら生まれてこなくて良かったな」なんていう心無い言葉も見かけます。

私はその写真から、その子が生まれてくることを本当に楽しみにしていて、生まれてくる前からその子のことを両親が愛していたのだろうと感じました。
そのため、写真をアップロードする行為を批判する気持ちは起きませんでしたが、世の中の多くの人が葬儀以外で人の遺体を見ることには抵抗を感じると思います。それも、知らない人であれば尚更です。

そこで「多くの人が見たくないと感じるものをアップロードするのは良くないと思います」という言葉をかけるのならまだ理解できますが、「普通じゃない」「おかしい」という言葉を投げかけるのは批判ではなく侮辱に感じます。
それに、我が子が亡くなり悲しんでいる親に対して「普通じゃない」「馬鹿だ」と言葉を投げかけることは「普通」ではないと思います。
普通ではない人が他の人に普通じゃないぞと言っているというのはおかしなことです。

何が正しくて何がおかしいかは人によって異なります。だからこそ、しっかりと良識を持って生活したいと考えさせられる出来事でした。

不平オーダー

最近はまっているのが愚痴買上中葉

なんでも愚痴を買い取ってもらえると言うところで、ちょっとイライラしているようなところでも買い取ってもらったりするため
宜しい負荷の放散になったり、業務とかのやる気がなくなってきたときにやるとちょうどいい感じで仕事ができるので重宝しています。
いろいろで愚痴をアップし続けて人一倍財貨をためることができました。アマゾンで小説を度数冊すでに買ってますので、凄い心地がいいです。

ただわずかドッサリアップ望むときに、アップ規制が酷いものだから、そういったときにはいきなりやりたくてもできない愚痴がたまってしまうね。
できればもう早くアップができるようにやるだ。